明石に来た人から「明石焼の店って、何軒あるの?」と聞かれることがある。たいてい返ってくる答えは「だいたい70店」。明石観光協会のサイトにも、明石市の広報にも、果ては農林水産省のページにまで、そう書いてある。でも、その「約70店」、最近だれかがちゃんと数えた数字なんだろうか。明石をうろうろして玉子焼ばかり食べてきた身として、ずっと引っかかっている話を、一度きちんと整理しておきたい。
「約70店」は、どこから来た数字なのか
明石焼の店舗数として広く出回っている「約70店」は、いろんな場所で同じ顔をして登場する。明石観光協会の明石焼ページには市内に約70軒点在、と書かれている。明石市の公式連載でも、明石焼の店は市内で約70店舗ある、とある。農林水産省の郷土料理ページに至っては「約70店舗(2021年現在)」と、わざわざ年号まで添えて引用されている。
では、その大元はどこなのか。たどれる範囲で、活字としてはっきり日付を確認できる最も古い例は、明石市が2014年4月に出した広報連載「明石のたからもの-10」だった。ただ、言い回しの源流はおそらく観光協会のパンフレット側にある。別の調査では、2012年(平成24年3月)時点の観光協会ガイドマップに、すでに「市内には約70店舗」という表記があったとされている。そこまで遡るなら、この数字は2012年頃には固まっていたことになる。
さらに古い記録をたどると、2010年頃の観光協会のガイドでは「59軒」と紹介されていた、という個人の記録も残っている。「約70」は、2010年から2012年あたりのどこかで生まれ、そこからずっと使われ続けてきた数字、と見るのが自然だ。
そして肝心なのは、どの資料を開いても、「70」がどういう基準で、いつ、何を母数に数えられたのかが書かれていないことだ。数字だけが独り歩きして、根拠のほうは今となってはたどれない。
ニタエル文章の出どころは2014年、表現の源流は2012年まで遡れる。それなのに、肝心の「数え方」の出どころだけが、きれいに消えているのよ。



誰かが昔、きっちり数えたんだろう。けど、その紙はもう、どこにも残っちゃいないってわけだ。
コロナ禍を越えても、数字だけが止まっている
仮に2012年に誰かが正確に70店を数えたとしよう。それ自体は、当時としては立派な仕事だ。問題は、そこから15年近く、同じ「約70」が一度も数え直されないまま使われ続けてきたことにある。
この間、明石焼の店はずいぶん入れ替わった。老舗が移転し、弟子がのれん分けで新しい店を出し、長く続いた店がひっそり店を畳む。コロナ禍では、確認できないほど多くの店が休業や閉店に追い込まれた。銅鍋を打てる職人がいなくなった、という話まである。これだけ動いていれば、総数だって当然変わっているはずだ。
それでも数字は「約70」のまま。明石市は2024年の文書になると、市内には約70店舗あるといわれる、と、いつのまにか伝聞のような語り口に変わっている。さすがに、15年前と同じ数のままだとは考えにくい。



店は生き物だ。開いて、閉じて、また誰かが始める。止まってるのは、数字のほうだけだろ。
根拠をたどれる数字は、いくつなのか
では、いま確かめられる数字はどれくらいなのか。手がかりは二つある。
一つは食べログだ。「明石市」「明石焼き」で検索すると、出てくるのは42件ほど。掲載に同意した店だけが載る、ジャンル設定に左右される、閉店の反映が遅れる、といった偏りはあるが、少なくとも実在を前提にしたリストではある。
もう一つが、こちらで地道に作っている「At.明石焼名鑑」だ。実際に足を運ぶか、確かな伝手で営業を確認できた店だけを載せていて、2026年5月時点で明石市内は45店。ざっくり言えば、約50店という規模感になる。
数え方が違うから、42と45はぴったり一致しない。それでも、片方は42、片方は45。どちらも40〜50のあいだに収まっていて、「70」とは20以上ひらいている。ここで言いたいのは、70が間違いで45が正しい、という話ではない。たどれる方法で数えると、だいたいこのあたりに落ち着く、という話だ。



42も45も、根拠までさかのぼれる数字なの。70との差は、誤りというより「数え方の違い」として見るのが公平ね。
「At.明石焼名鑑」は、こう数えている
数字を出す以上、どう数えたかも明かしておきたい。「At.明石焼名鑑」が一軒として数えているのは、その場所に固定されていて、住所を持っている店だ。
たとえば全国チェーンの「くくる」のように、発泡スチロールの器で立ち食い、見た目は屋台に近い店でも、建物に入って動かず、住所が割り振られているなら、一軒として数える。お好み焼き屋で明石焼も出している店、高速道路のサービスエリアにある常設の売り場も同じ扱いだ。明石焼の専門店かどうかではなく、そこにずっと店があるかどうかで線を引いている。
逆に、祭りに出る屋台や、商店街の催事に並ぶ仮設の店は、数に入れていない。移動できて、畳めて、催事が終わればいなくなる。住所もない。同じ「明石焼を売る場所」でも、これは店とは別物として扱っている。食べログに名前があっても、実態が怪しい店は外している。
断っておくと、45という数字も絶対ではない。まだ見つけられていない店はあるだろうし、何を一軒と数えるかの線引きには、人によって異論もあるはずだ。それでも、ここまで基準をはっきりさせておけば、数字に責任が持てる。「約70」が概数しか出せないのに対して、こちらは概数も、根拠になる一軒一軒も出せる。



「これは絶対の数ではない」と最初に認めてしまうこと。逆説的だけれど、それがいちばん数字の信頼を支えるのよ。



見栄を張らずに、数えた通りを出す。それでいい。
明石を出ると、明石焼は何店あるのか
ついでに視野を広げておくと、明石焼は明石だけのものではない。「At.明石焼名鑑」では全国の店も追いかけていて、2026年5月時点で全国259店を確認している。
内訳をざっくり見ると、兵庫県内が約110店、大阪が約60店。北海道から沖縄、さらには東京や各地のチェーンまで含めると、明石焼を出す店は意外なほど広く散らばっている。そのなかで、発祥の地である明石市内の45店は、全体の一部にすぎない。
逆にいえば、本場の明石でこそ、店の密度も味の幅もいちばん濃い。45という数字は少なく聞こえるかもしれないが、これだけ狭い市域に専門店がひしめいている土地は、全国を見渡してもそうそうない。全国の店をどう拾っているかは、名鑑そのものを見てもらうのが早い。
まとめ
「明石焼の店は何軒あるのか」という問いに、長いあいだ「約70店」という答えが使われてきた。その数字に悪意はないし、出てきた当時は確かな根拠があったのだろう。ただ、15年あまり数え直されないまま、根拠だけがたどれなくなってしまったのも事実だ。
だとしたら、これから案内するときは、根拠をたどれる数字を選んでもいいんじゃないか、と思う。食べログで42件、名鑑調べで市内45店、丸めて約50店。どれも、一軒ずつ確かめられる数字だ。「約70」を貼り続けるより、ずっと誠実な気がする。
もちろん、これは押しつけじゃない。ただ、同じ数字をコピーし続けるその手を一度止めて、いま一度数えてみる人が増えたら、明石焼の案内はもう少し正確になる。そんな小さな提案として、受け取ってもらえたら嬉しい。



数えるのは、明石焼を軽んじることではないわ。むしろ、一軒ずつ大切に思うからこそ、できることなのよ。



……まあ、腹が減ったら、その45軒のどこかで食えばいい。話は、それからだ。











